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2017年2月22日水曜日
2017年2月17日金曜日
野崎旧宅
先日、野崎旧宅のひな祭りの見学にいきました。
広い屋敷で塩田事業で財を成し塩田王と呼ばれたそうです。
国指定重要文化財跡<旧野崎家住宅>
■野崎家は、製塩業と新田開発で財をなした野崎武左衛門がその気宇に合わせて天保から嘉永年間に次々と築いていった民家である。
武左衛門は、文政10年(1827年)から文久3年(1863年)にかけて、野崎浜(現在の児島駅附近)、日比亀浜、東野崎浜、久々井浜
など終生161ヘクタールの入浜式塩田を開発した。
その間、岡山藩の命によって、福田新田652ヘクタールの大干拓事業も完成させた。その謹功により、嘉永6年(1853年)に大庄屋に取り立てられた。
武左衛門の全盛期に次々と建てられたこの建物は、創建当時の建築技術の粋をこらしたもので、独特な平面の主屋、意匠に優れた表書院など
庭園と共にそのまま今日に伝えられており、雄大な規模を有する当時の大事業家の居宅として貴重である。(財団法人 竜王会館)
場所は倉敷市児島です。
千両箱
お雛様を飾っていました。
享保時代のお雛様で 8代将軍徳川吉宗時代です
江戸から明治までのお雛様があります。
2017年2月3日金曜日
2017年1月24日火曜日
重森記念館
吉備中央町の重森三玲記念館
山県上房郡吉川村(現・加賀郡吉備中央町吉川)の生まれ。当地には豪渓(ごうけい)と呼ばれる水墨山水画の世界を思わせる渓谷地帯がある。日本美術学校で日本画を学び、いけばなと茶道を習い稽古に励む。日本美術学校卒業後には東洋大学文学部に学ぶ。
大正6年(1917年)に画家の道を志し上京するが、全国から集まる才能に意気消沈する。昭和4年(1929年)京都へ移り住むと、翌年には勅使河原蒼風らと「新興いけばな宣言」を起草(当時は未発表)、いけばなの革新を世に提唱した。
その後は日本庭園を独学で学ぶ。昭和11年(1936年)より全国の庭園を実測調査し、全国500箇所にさまざまな時代の名庭実測、古庭園の調査などにより、研究家として日本庭園史のさきがけとなっていく。
昭和14年(1939年)、『日本庭園史図鑑』26巻を上梓して庭園史研究の基礎を築き、また昭和51年(1976年)には息子の重森完途と共に『日本庭園史大系』全33巻(別巻2巻)を完成させるなど庭園史研究家としても多大な功績を残した。
昭和24年(1949年)には前衛いけばなの創作研究グループ「白東社」を主宰、後に前衛いけばな誌「いけばな藝術」を創刊した。
ウィキペディアフリ百科事典より
を顕彰する記念館です。
寺院や神社の庭園を数多く
東福寺の庭園
西谷氏邸庭園
斬新な庭園もあります。 吉備中央町出身で
造園界の鬼才 岡山県にこのような造園
の技術者がいること知りませんでした。
2017年1月17日火曜日
陶芸センター
備前焼き
備前市の陶芸センターに焼成してもらうため
壺、花瓶、3鶴首、2カブ徳利、湯飲み8点
を持っていきました。
2月中旬窯入れ
3月窯出し
登り窯で焼成してもらうので経緯かかりますが
松の割りきで焼くため松灰がかかり窯出しの
時が楽しみですが割れる時もありドキドキです。
上記は研修風景
研修生の人が4名京都、大阪、広島三原から
来られていました下宿して技術を取得する為
半年コースで。1人は1か月コース。私も
昨年 3月に1か月コースを体験しました。
上記作品はイギリスの陶芸家が先日作成した
作品で大きくすごいです。この作品も焼くそうです。
友人2人が手びねりでそれぞれ、どんぶりと
コーヒーカップを作成しました。陶芸体験は半日
コースで1kで6千円で教えてもらえます。
(焼き代込み)
2017年1月9日月曜日
作楽神社
3日に津山市院の庄の作楽神社に
3日に津山市院の庄の作楽神社に
児島高徳の碑、3日だったので初詣
すくなかたですが20人ぐらいこの神社は鎌倉時代から室町時代にかけて院庄館
(美作国守護の館)があった所に、明治2年に津山藩主松平慶
により創建されたものです。御祭神は「後醍醐天皇」と「児島高徳
(こじまたかのり)」となっています。
フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』より
忠義桜の歌は私はよく知っていたのですが子供
に聞いたら知らないと言って時代の流れを感じました。
いい歌ですよ
忠義桜の歌詞
桜 ほろ散る院庄 遠き昔を偲れば
幹を削りて高徳が 書いた至誠の詩がたみ
交通安全と足の健脚のお守りを購入
古い矢立の返す場所
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